信越羽紀行その8
7/21(金曜)の続き
飛鳥神社から最上川を遡るように南下.
連日の大雨で,濁流が轟々と流れる.
最上川橋という幅の狭い橋を渡る時は,ちょっと怖かったよ.
その後は順調に進み,雨も止み,羽黒山へ.
出羽三山神社を参拝.
2446段.
一の坂,二の坂,三の坂と急な石段が3つあり,
二の坂を登りきったところにお茶屋がある.
ちょっと休憩し,お餅と抹茶をいただく.
どれくらい歩いたんでしょう.
11時前に入山し,上の社殿についたころにはお昼になっていたなぁ.
1時間も歩いたのか?
ちゃんとメモしておくべきだったなぁ.
ともかく,しばらくは筋肉痛.
石段は,急な上に,幅が狭い.
わたしは「バカの大足」なもので,足が石段に乗り切らない.
1段の高さも微妙に低く,1段づつ登ると,
足をセコセコ動かさなくてはならずキツイ.
かといって,1段飛ばしにするには,こちらもキツイ.
そうそう.
すれ違った人によると,瓢箪の絵が33ケあるそうだ.
2個しかわからなかったが.
写真は,わりと入り口近くの天狗.
出羽三山の合祭殿にお参り.
これで湯殿山・月山もお参りしたことになる.
めでたしめでたし.
てなわけで,今回は湯殿・月山に登るのナシとしよう.
それから,歴史博物館を見て,蜂子皇子の墓へ.
蜂子皇子は崇峻天皇の皇子.
天皇が蘇我馬子に暗殺された後,難を逃れてここまで来て,
修行をして霊山を開いたとか.
歴史博物館に,蜂子皇子(能除太子)像がいくつかあったが,
もはや人間の顔をしていない.
イロイロ大変だったのね.
『日本書紀』に蜂子皇子のことは,名前だけしか出ておらず,
なぜ羽黒山と結びついたかは不明.
歴史博物館の脇で,昼食のパンをかじり,下山.
そうそう,合祭殿の脇でお守りを売っていたが,
そこの巫女さんが美人でした.
でも,ちょっと目が大きくて現代風.
巫女さんは,もっと和風な顔が…,
独身男の一人旅なので,ついついそういうところに目が行ってしまうのよ….
ともかく,無事下山.
汗ビショビショ.
車の中で着替えるが,すっきりしない.
地図を見ると,羽黒山の5キロほど西に
「やまぶし温泉ゆぽか」なる日帰り温泉施設がある.
おじいさんたちで満員の風呂で汗を流す.
大きくはないが,サウナと露天もアリ.
で,すっきりしたところで,山形市に向かってゴー.
霧が出ていたり,雨が激しかったり,片側交互通行だったり,
なかなか走りづらかったけど,無事ホテルに到着.
ホテル名は書かないけど,
今回の3泊の中で一番グレードが低い.
何泊もする場合は,徐々にグレードを上げていかなきゃいけないのに,
疲れのたまった最後に,足の伸ばせない風呂はイカンなぁ.
まぁ,今日は「ゆぽか」で休んだからいいけどさ.
次回以降は気をつけよう.
夕食は,山形駅の売店で買った駅弁.
ホテルの周りは歓楽街だが,オールスターを見つつ,10時前に寝てしまう.
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コメント
飛鳥神社と羽黒神社から月山は聖方位というオリエントの思想が貫かれているようです。
私は蜂子皇子からティリア・テペの繋がりを調べています。日本書紀をある程度信頼すると藤ノ木古墳はミササキ崇峻天皇の墓!?
私のブログに一度どうぞ。
投稿 阿部です。 | 2006年12月 8日 (金) 21時42分